米国視察団の報告書
萼(はなぶさ)優美先生翻訳の日本経済新聞社の「商標の管理(TRADEMARK MANAGEMENT)」と同じようなタイトルの本ですが、別の本です。
「商標管理」とズバリのタイトルです。
昭和35年4月発行で、視察団自体は、昭和33年9月から10月中旬にかけて視察をしています。
団長は、武田薬品工業㈱の武田長兵衛社長です。
他に、業界団体の幹部、特許庁の審査第一部長、大手企業(伊勢半、住友化学、東洋レーヨン、三菱商事)の社長、特許や総務の部課長さんなどが参加しています。
参加業界団体に、商標擁護協会とあり、今は聞かない名前です。
使節団の派遣には、アメリカ商標協会(The United Usates Trademark Association, USTA)の協力があったようです。
訪問先は、USPTO、日本の公正取引委員会にあたるFTC、日本のJAROにあたる機関、化学・医薬の工業会、USTA、法律事務所の他、メーカーなどを回っています。メーカーとしては、スタンダード石油の研究開発部門(商標業務をしている)、サンキスト、マックスファクター、印刷会社、食肉会社、デザイン会社、雑誌社、化学会社、また、AFL(労働組合、商標を多数持っているようです)などです。
報告書は10章の構成で、途中からは、実際の使節団の報告書ですので手分けして書いたのではないかと思いますが、冒頭の総論部分は、どなたか分かりませんが、当時の一流の方が、書いたに違い無いと思います。特許庁の方が書いたのではないかと推測しました。
章立ては、
Ⅰ 勧告
Ⅱ 商標と商標制度
Ⅲ アメリカ商標法の沿革と現状
Ⅳ アメリカにおける商標法と不正競争防止
Ⅴ 企業における商標管理
Ⅵ 貿易における商標管理
Ⅶ 商標権利者団体とその活動
Ⅷ 消費者保護のための官民施設
Ⅸ 商標管理に関する専門家の意見(アメリカ商標協会における講演記録)
Ⅹ 日本における商標管理の実情
資料Ⅰ 商標についての、パンフレット、ガイドライン
資料Ⅱ 商標使用許諾契約書の例
資料Ⅲ 商標に関する論文
資料Ⅳ 参考文献
とあります。
「Ⅰ 勧告」から、見てみます。
アメリカでは、公正な競争秩序の維持、不公正取引排除の精神が、倫理的に確立されているとして、不正競争防止の重要性からスタートしています。
登録主義、使用主義の違いはあるが、日本でも不使用取消を強化するなどしている点を説明しています。
米国特許庁の業務では、機械化が進んでいたり、審査資料の整理が進んでいることに驚いています。
商標の類否判断では、米国特許商標副長官のリーズ女史の言葉を引用し、単に商標が混同を生じるほど類似しているのが問題ではなく、実際に消費者が製品に付された商標を見た時に、共通の出所だと考えるかどうかが問題であるとしています。
商標管理面については、各社とも商標の本質からくる正しい使用方法の研究と、その成果を社内外に周知徹底することの重要性と、商標担当者が、弁理士との連絡役や、商標登録事務の技術者視されていることの問題があり、営業、広告宣伝との有機的連絡による商標管理の重要性、特許担当者に比べても低い立場の改善を訴えています。
その他、
商標権利者団体の充実が必要なことと、
消費者団体との関係、
公正取引の監視(FTC)、
商号の保護(アメリカでは、法令の適用にあたり、商標と商号を区別していない。不正競争防止法の活用が必要)、
商標制度の国際的統一化の研究と協力(ラダス博士の「モデル商標法」「商標、商号の保護および不正競争防止に関する法の基準条項」、Ⓡの積極運用、日本の輸出品デザイン法の他国への輸出、不正な商標登録があった場合の政府や業界団体の他国への交渉)、
などが記載されています。
コメント
商標担当者の位置づけの低さは、現在でも論点になっており、60年前とさほど変わっていません。
商標のライセンスと、適正使用管理が、この時期に学んだことなのだと思いますが、ライセンスを商標担当者が行わなかったこと(契約書作成実務は行っても、ライセンス先の承認や、監査まで行わなかったこと)、適正使用管理を広告宣伝部に任せたことが、60年たっても、商標担当者の地位が向上しなかった理由だと思います。
この二つは、やろうとすると、相当、気合を入れてやらないとやれないものです。
萼先生の「商標の管理」で学んだのは、アメリカの当時の弁護士は、
●普通名称の防止、必要な使用証拠の収集、ライセンスのQuality Contorolといったものを足掛かりに、適正使用管理や、ライセンスの重要性を導きだしている点です。
実際に、企業のブランドマネジメント部門で適正使用管理を15年ほど経験して思ったのは、適正使用管理は、デザインや広告的な側面もありますが、本質は、論理の世界であるということです。
事例などを分析し、判断し、体系化する作業は、法律と同じであり、海外の各社でも、商標出身者が、ブランドマネジメントをやっていたりします(コダックやシーメンスなどは聞いたことがあります)。
また、アメリカの商標担当者は、弁護士ですので、ライセンス契約の履行を求めたり、相手方に乗り込んで交渉するのも、彼らの仕事の一環であったことは、容易に想像できます。
現代的に見ると、商標の持つ情報としての価値をコントロールするのが、商標担当者の仕事なのかもしれません。
そうすると、ブラント価値評価やマーケティングリサーチ系の話に行きます。評価については、経産省の報告書やインターブランドの方法はありますが、コントロールとなると、そもそもの企業の意思が問題になります。
商標担当者が、商標登録事務の技術者という指摘は実に的を得ており、60年間、あまり状況が変わっていないだけに、難問です。