工藤先生の判例解説(7)
商標法38条2項(現3項)は、商標権者は損害の発生について主張立証する必要はなく、権利侵害の事実と通常受けるべき金銭の額を主張立証すれば足りるものであるが、侵害者は損害の発生があり得ないことを抗弁として主張立証して、損害賠償の責めを免れることができると規定します。
従来は、不使用商標でも、侵害の対象となった登録商標に対する使用料(ロイヤルティ相当額)を商標権者の損害額と認めていた。
これは、特許法102条3項とのバランスで、無断使用に対する最低保障と考えられていた。
本判例は、特許などは、創作物でそれ自体財産的価値を有するが、商標はそのものに財産的価値はなく、業務上の信用が付着することで財産的価値を取得するものなので、登録商標に顧客吸引力がなく、売上に寄与しないときは、商標権者に損害がなく、使用料相当額の賠償も否定した判例です。
先生は、識別力が強い商標や、本来的に顧客吸引力を伴うキャラクターマークは別と思われるとしています。
そして、この規定を、不法行為と考えるのではなく、不当利得と考える方法があり(渋谷先生)、その場合、従来の運用に合致するという紹介をしています。
コメント
小僧寿し事件には、複数の論点があるようです。
ともあれ、一般に受け入れられているのは、実施料相当額の規定は、不使用商標で損害が発生しているときには適用されないという点です。
ただ、まだ、不使用商標でも、差止請求は残っているのだという考えは残っています。この判決では、自己の名称の使用であるとか、商標が非類似であるとかで、大体の商標は使用継続ができますが、一部の類似するとされる商標は、差止られてもおかしくない状態のままです。
アメリカなどの使用主義国では、使用していないのに権利行使をする人はそもそもいません。
登録主義国でも、ドイツなどは、不使用商標の権利行使を制限しています(ドイツ商標法25条)。非常に明快です。欧州全体がその考え方です(EU Directive 2015/2436, 同指令17条)。
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:32015L2436&from=EN
また、中国は、損害賠償請求だけですが、不使用商標の権利行使を制限しています(64条)。
https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/regulation/20140501_rev.pdf
日本で判例で認めていることを、これらの登録主義国では、条文上、明記してくれています。
不使用商標には、保護価値がないと明確なメッセージを出すことが、必要であり、その意味では、損害賠償だけでは不十分で、欧州やドイツのように、権利行使一般ができないと明確にした方が良いと思います。
この点、弁理士さんは、商標権、商標登録に対するこだわりが強く、登録主義下では、不使用商標でも不使用取消審判で取り消されるまでは、差止請求はできるべきであるとい考え方の人が多いようですが、損害賠償も認められない状態なのに、差止請求は認められるというのは、素直に疑問だと思いますので、早急に、欧州、ドイツ方式にすべきと思います。
これが変わると、日本の商標調査の実務が、激変します。あの重複登録ばかりで意味が分からなかった欧州の調査が、今は実際の使用態様の調査を含めて、良く理解できるようになっています。このような良い影響が出ると思います。
もうひとつは、先使用権の条件を緩めることだと思います。機能名称などについての無駄な商標出願が不要になります。弁理士さんには、嫌われる意見ですが、出願人や社会のことを考えると、早くそうなって欲しいと思います。