識別性(distictiveness)と識別する(distinguish)
2020年5月号の大塚教授の論文の続きです。
商標が特徴があって識別力を有すると登録されるが、特別の特徴がなく識別力がないときは登録されない(3条1項)。しかし、識別力がない商標であっても使用され、業務上の信用がある程度を超えるときは商標登録を受けることができる(3条2項)。3条2項は出所表示機能を審査するものとしています。
そして、識別力を有しない容器(商標/標章のこと)が、識別力を有する器に変化する訳ではなく、使用によって変化するのは、あくまで容器に蓄積された業務上の信用であるとします。
脚注では、商標法3条2項は「使用による識別力の獲得」の規定と説明されることが多いが、識別力は当該商標固有の能力であって、獲得されるという性質のものではないと説明されています。
コメント
工業所有権法逐条解説では3条2項を、「いわゆる使用による特別顕著性の発生」の規定であるとしています。特別顕著性とは、自他商品・役務識別力というというのが青本の説明方法ですので、使用することで識別力が発生する=獲得するというのが、通説的な理解です。
我々は、商標法3条1項1~5号は識別性(識別力)は、類型的に商標登録の適格性がない(識別性のないもの)のものを列挙しただけで、その総括規定が6号で、そして、経験的に例外があることが認められており、その例外が3条2項なんだという説明に慣れてしまっています。
米国では、Distinctivenessの説明で、通常はDistinctiveであるとして拒絶される商標でも、Secondary meaningが発生しているときは登録されるとあります。
この状況は、当該商品の普通名称では起こらず、記述的商標などでは発生するという説明はあります(West Nutshell Series Intellectual Property 2nd Ed. -Patent, Trademarks, and Copyright)。
この説明は良く聞きますので、理解しやすいものです。
普通名称や慣用商標の場合、Secondary Meaningが発生すると、もはや普通名称や慣用商標ではないと考えるべきということは言えます。
手元のCTM以降の英国商標法の本によると、識別性は絶対的拒絶理由(Absolude grounds for resusal)ですが、Acuired Distinctivenessと説明があります。
欧米は、青本的な理解のようです。
さて、日本の商標法の条文の文言を見てみると、3条2項は「(使用をされた結果)需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」については、商標登録を受けることができるとします。
この点、3条1項の総括規定である3条1項6号には「(前各号に掲げるもののほか、)需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」は商標登録を受けることができないとあります。
「できる」と「できない」という反対の文言が使われていますが、その他の言葉は全く同じです。
大塚教授の指摘を敷衍すると、3条1項自体が、自他商品識別機能ではなく、出所表示機能を問題にしているように読めます。
侵害論では、商標機能を使った議論が相当されていると思いますが、登録要件論で機能論を入れるところまでは至っていない感じです。大塚教授の指摘は面白いのですが、もし、商標の機能論で商標法の登録要件論を解釈しようとするのは冒険だなと思いました。
●ここからは余談ですが、
英語の辞書を見ていると、
出所混同や類似の説明で、良く使うdistingusihは、「見分ける」「区別する」「識別する」ですが、「区別する」と訳すのではなく「識別する」と訳している商標専門家が多いと思います。
一方、distinctivenessは、「特殊性」「特徴」という意味です(英英辞書には、「特徴、性質、外観であって、差異及び容易に認識されるもの、を持っていること」とあります)。
問題は、日本語の「識別」は、先天的登録性のことを示しているのか、混同のことを示しているのか、分かり難いので、本当は訳を変えるべきであるように思います。
先天的登録性のときは、distinctivenessは、正直に「特別顕著性」と訳し、出所混同のdisitinguishは、従来の識別性と紛らわしくないようにするために、「識別」ではなく「区別」という言葉で訳す方が間違いが少なく、一般の人には伝わりやすいように思います。
折角、「特別顕著性」ではわかりにくいので、「識別性」としたのですが、誤解の元になっているように思います。
そう考えると、
- inherent registrability(先天的登録性)/distinctive(識別性)は、絶対的拒絶理由であり、
- The third party's rightとのconflict(抵触) ≒similar(類似) ≒confusion(混同)≒ distinguish(区別する)は、相対的拒絶理由と、
欧州風に整理するべき時期に来ているように思います。