Nishinyの商標・ブランド日記

商標・ブランドの情報です。弁理士の西野吉徳のブログです。

新・商標法概説(その10)

 

商標法の沿革

商標の保護は、万葉集室町時代にあるそうですが、商標制度が整備されたのは明治以降ということです。

  • 明治17年(1884年)商標条例:我が国最初の工業所有権法規。登録主義、先(出)願主義、先使用権、一商標一出願、公示主義、存続期間、更新登録、商品類別
  • 明治21年1888年)商標条例:審査・審判の制度、特別著名(特別顕著)等の概念導入
  • 明治32年法:パリ条約加盟対応
  • 明治42年法(1909年):周知商標、連合商標、不使用による商標登録取消審判制度、抗告審判制度
  • 大正10年法(1921年出願公告、異議申立制度、拒絶理由の通知、再審査制度の廃止、抗告審判請求、大審院出訴の制度、団体標章、権利不要求、商標登録取消審判
  • 現行商標法(昭和34年法)(1959年):商標、登録商標、標章、使用を定義、団体標章制度、着色限定制度、権利不要求制度、権利範囲確認審判制度を廃止、識別力を登録要件に規定、存続期間を20年から10年に、商標権の設定・商標権の移転において登録を効力発生要件に、防護標章を規定、分類数を国際分類の数に合わせた
  • 昭和50年(1975年):商標使用義務の強化(昭和47年から48年次にかけて商標登録出願は20万件近くになり、滞貨が拡大)
  • 平成3年改正(1991年):サービス・マーク登録制度
  • 平成8年(1996年)、10年、11年改正:TLT、マドプロ対応
  • 平成14年、15年、16年改正
  • 平成17年改正:地域団体商標制度
  • 平成18年改正:小売等役務商標制度
  • 平成20年、23年改正

コメント

1884年明治17年)の商標条例は、登録主義と先願主義ですので、ドイツの影響ということでしょうか。フランスは使用主義・無審査主義であり、イギリスは登録により権利が発生するという登録主義ではありません。そうなると消去法的に、ドイツなのですが、ドイツは1894年までは無審査なので、日本の商標も、当初は無審査だったのかもしれません。

 

日本で審査の規定ができるのが、1888年明治21年)で、ドイツが審査主義になるが、1894年からですから、審査はドイツよりも先になります。審査実務は、英国から学んだ可能性が高いようです。

 

法律はドイツから、審査は英国からというのが、自然な流れでしょうか。

 

1902年(明治35年)~1923年(大正12年)が、日英同盟の期間です。明治42年法、大正10年法は、商標法的にも、英国の影響が色濃く出ているように思います。

 

一方、1909年(明治42年法)の連合商標や、1921年(大正10年法)の出願公告、異議申立、権利不要求などを見ていると、相当、英国法の影響があるようにおもいます。

当時最先端だったのが、1905年の英国法ということで、その影響があるのではないでしょうか。

 

1959年(昭和34年法)の制定時は、使用許諾制度の採用など、アメリカ法の影響が多いと思います。

当時、圧倒的に経済力があったのはアメリカですので、それを勉強しないはずはありません。

そも後のサービスマークや、新しい商標もアメリカ法の影響があります。

防護標章登録制度は1959年(昭和34年法)で導入なんですね。この時代、日本でも著名商標の保護が必要になったのだろうと思います。

手元の日経文庫の「商標の知識」(小野昌延、江口俊夫著)のソニーチョコレート事件を見ていると、ハナフジ製菓㈱が「菓子、パン」に、「SONY」を出願したのは、昭和31年8月とあります。