Nishinyの商標・ブランド日記

商標・ブランドの情報です。弁理士の西野吉徳のブログです。

羊と鋼の森

調律師と弁理士の仕事は案外似てる

家に宮下奈都さんの「羊と鋼の森」の文庫本があったので、何気なく読むと非常に面白かったので、ブログに書いておこうと思います。 2016年の本屋大賞受賞作です。

映画も見ましたが、個人的には小説がお薦めです。

羊と鋼の森 (文春文庫)

羊と鋼の森 (文春文庫)

 

この本で、調律師の仕事内容をはじめて垣間見ました。

主人公は、高校の体育館での調律師の仕事に見せられ、東京の調律の専門学校を卒業し、故郷の北海道でその調律師のいる楽器店に就職します。そして、調律師として、熱心に仕事に取り組みます。

コンサートのピアニストの調律をする、先の調律師や、指導担当の調律師、元ピアニストの調律師の3名の先輩とのやりとり、お客さんとのやり取りを通じて、徐々に成長していく過程が、丁寧に描写されている小説でした。

 

バイオリンなどの楽器も、たまには楽器店に持っていって、オーバーホールするようですが、日常的には自分で演奏の前に調整したりします。

これに比べて、ピアノは定期的な調律が必要な楽器で、音色やタッチなど、色々と調整するポイントがあり、ピアノを弾く人が自分で調整するのではなく、専門の調律師に依頼します。また、ピアノは大きいので、客先に行かないと作業ができません。

 

ピアノは構造が相当複雑ですし、調律では手先の器用さが求められます。音叉で基準音の「ラ」の音を決め、それに応じて、他の音を割り振るというのは、耳が良くないとできません。

ピアノを弾く人によって、求める音が違うようで、明るい音を求める人や、広がりのある音を求める人もいます。また、お客さんの技能の問題もあり、初心者向けとプロ向けでは、調律の仕方はだいぶ違うようです。

さらには、ピアノの設置場所や部屋の音響など、検討項目は多岐に亘ります。

それらを瞬時に判断して、お客さんの期待を超える解を出すことで、お客さんの信頼を勝ち得ていくというのが、調律師のようです。

 

弁理士の業務、特に明細書を書く人の仕事が、非常に近いなと思いました。

明細書を書く人は、発明者というメインプレーヤーがいます。その人は特許明細書に求められる明細書記載のルールなどの細かなことは知りません。弁理士は発明者に寄り添い、発明者が求める明細書を仕上げます。

当然、弁理士は、発明者の考えを引き出し、訴訟に耐えうる強い権利を作成しなければなりませんし、場合によっては、ライセンス交渉や訴訟もお手伝いする必要があります。

 

基本的には、発明者にも好みの弁理士はいると思います。彼は良くこの会社を理解しているとか、この製品分野を分かっているとか、上手に対応してくれるとか、仕事が早いとか、訴訟で勝ったことがあるとか、そういう評価が、その弁理士に仕事を頼もうということになるのだと思います。

必ずしも、発明者の技術者と、弁理士が同じ技術水準であることは必要ありません。

 

この本、特許を扱っているとされる池井戸潤さんの小説よりも、余程、弁理士の気持ちを代弁してくれているように思います。是非、特許の方に読んでもらいたいなと思いました。

 

もちろん、商標の業務でも近いことは言えるのですが、商標の場合、名称の考案自体は個人が行っていても、その考案自体がそもそも外注されていたり、どちらかというとプロモーションに比重がある分、依頼者と弁理士の関係性は希薄な感じがします。企業にいたときも、意匠案件ではよく事業部に行きましたが、商標案件では事件になったときだけでした。

 

さて、このピアノと調律師の関係に似ているのは、何も、弁理士に限ったことではなく、色々な仕事でも言えそうな感じがします。調律師というなじみのない職業が切り口ですが、医者などでも同じことが言える気がしました。相当一般化できる、素材だったのではないでしょうか。

 

宮下奈都さんに、弁理士ものでも書いて欲しいような気がしましたが、音楽や文化の香りがあまりしないので、せっかく書いても、本が売れないかもと思いました。