Nishinyの商標・ブランド日記

商標・ブランドの情報です。弁理士の西野吉徳のブログです。

商標の管理(Trademark management)(その7-2)

外国における諸問題②

昨日の続きです。

適正な商標の使用は、外国ではライセンスが必須になります。本社の支店は別として、子会社でも別法人ですので、ライセンスが必要になります。

 

ライセンス

ライセンスとで、ライセンシーの使用がライセンサー(権利者)の使用ありとなり、不使用取消に対抗できる。英連邦の商標法では、このメリットのためには、ランセンス登録が必要である。

 

オランダ

当時のオランダでは、ライセンシーの使用は、ライセンサーの使用とならず、よって、不使用取消を免れるため、自分でオランダに輸出が必要とあります。(※これは、今ははどうなんでしょう。でも、面白い法律です。)

 

ライセンスは、当時でも、だいたい認められるようになってきているが、各国特徴がある。

ラテンアメリカ

商標権を財産権とみる英米法は、より公益的なものとみる)ので、使用許諾、自由譲渡をみとめる傾向。一般にライセンス登録が望ましい。

欧州

当時は、2,3カ国、ライセンスを違法と見ていた(※当時の日本と同じです)が、だいたいは認めていたようです。

① ドイツ、スウェーデンノルウェー、オランダは、使用許諾を異議申立てをする権利の放棄と考え、

② フランス、ベルギー、ルクセンブルグ、スペインは、ラテン系の考え方(財産権と考える)、

③ スイス、イタリアは、ライセンサーの監督があれば、他人が使用しても一般大衆を欺瞞したことにならないとの考え、

とあります

※現在は、知的財産権という言葉があるように、財産権的契機を強くみると思います。ただし、商標の本質の一つは公益保護ですので、この議論は永遠に続くはずです。

 

契約とマニュアル・ガイドライン、監督する権利が必要とあり、ライセンスは登録することが望ましいとあります。

 

ベルギー

当時のベルギーでは、ライセンシーによる商標の使用では、ライセンシーにも商標所有者として独立した権利が発生するとあります。

※商標のライセンス契約で、「ライセンシーの商標使用により生じた一切の権利・権益はライセンサーのものとする」という条項が必要になった訳がわかりました。

現在では、不競法マターになってしまっていますが、日本でも、使用権者が権利者の手を借りず、模倣品を止めることは可能です。これを敷衍すると、二つの権利者が発生してしまい、使用権者は権利者がいなくても良い状態になりかねません。ライセンスの設定登録が必要なのは、このあたりを明確にしておくためです。

 

英連邦

英連邦諸国では、1938年商標法がライセンスを規定し、ライセンスには、管理監督が必要という条項と、ライセンスの設定登録の必要性があります(経営支配権のある会社は契約までは無くても良い)。

 

商標の内部的管理

基本的には、米国内と同様とあります。 

 

商標の警保

ラインセンシーや子会社に商標の監督をさせるのは、良くない。商標については、集中主義をとることが重要としています。

また、侵害や商標の誤用があったときは、現地が勝手に交渉等せずに、本社に報告をあげて、その指示に従うことの重要性を説いています。

当時の模倣品事件や、アジア人(中国人、日本人)による巧妙な模倣品に言及したのち、

米国では、異議申立(取消訴訟よりも安価)のために、全世界から、75ヵ国の商標公報を取り寄せている会社があると紹介しています。

※以前いた会社でも、日、米、中、台湾、韓国などは、商標公報と取り寄せていましたが、徐々にWatching Serviceを提供するDB会社に委託する形態となりました。時間がないためですが、例えば米国の商標公報を見ることで、アメリカ人の感覚が理解できる面はあったと思います。

 

商号

パリ条約の商号の保護に言及し、米国で認められた商号は、他国でそのまま使用できるということを説明しています。そして、それは、架空の(仮の)商号を含むとあります(※登記の有無のことだと思います)。

 

コメント 

1938年の英国商標法は、網野先生の本にも紹介されており、英国ではライセンスは、役所の許認可事項とあります(その後、英国は、1994年に、CTMのために、EU法に合致した新法になっていますので、ライセンスのルールはどうなっているのか調べないといけませんが)。

昭和34年法のとき、自由譲渡、フリーな使用許諾にしてしまいましたが、私の持っている本での網野先生はこの英国流を取るべきという主張です。

 

当時は、まだ、技術導入・ブランド導入の時期ですので、Quality Controlは、ライセンサーの欧米企業に有利になると考えたのか、単純に登録主義の大陸法・ラテン系的に、財産的側面を重視したのか、良く分かりません。

 

また、当時の特許庁の商標課にその能力があったかといと疑問です。これをしようとすると、本省や、日銀レベルのパワーが必要なように思います。

 

今の時代、役所の事前審査というのもどうかと思いますが、フリーな使用許諾にしたために、日本にライセンスが根付かなかった可能性があります。フリーの使用許諾は楽は楽なのですが、一番大切なQuality Controlが抜けてしまいます。

 

また、対策とされた、53条が、出所混同では判例がありますが、品質誤認では判例がないことが示すように、社会全体としてホッタラカシの状態です。

 

それで消費者が困っていないなら、一見、問題ないように見ますが、国家として、強いブランドを作るための商標法という視点に立つと、もっと、ライセンスには、権利者のQuality Controlを要求した方が良いような気がします。