Ⅲ アメリカ商標法の沿革と現状
この第3章では、アメリカ商標法の沿革と当時の現状が書かれています。
1.アメリカ商標法の沿革
憲法に根拠がある特許や著作権とことなり、コモンローがベースで、州際取引条項を手掛かりに連邦登録制度を作ってきた過程が書かれています。1905年法、1920年法を経て、ランナム法に至ったとあります(※この本では、ランハム法となっています。)。
2.アメリカ商標法の現状
商標権自体は、コモンローによって、使用により認められ、商標登録は登録によるメリットを受けるという構成です。
※当時は、使用意思に基づく出願(Intent to use)はありませんので、使用ベースの出願だけです。
このあたりは、多くの本にも記載されているので、割愛するとして、ランナム法が、商標の譲渡と使用許諾を認めた点について書かれています。
商標の譲渡は、営業全体の移転が必要だったのを、ランナム法が、「営業の得意(Goodwill of the Business)」なら移転できるとしたとあり、営業の得意の一部を取り出しの移転も可能となったとあいます。
使用許諾については、1905年法が、子会社の使用により発生した商標権(コモンロー上のもの)は子会社のものであり、親会社が子会社の商標登録を取得することもできなかったようです。そこで、関係会社(Related Company)の使用という概念を導入したとあります。
ここでいう関係会社とは、
商標が使用される商品またはサービスの性質と品質に関し、合法的に登録権者または登録出願人を支配し(Contorol)またはそれに支配されるものをいう
とされています。
※資本的な意味での関連会社ではなく、Controlで良いとした点が、進んでいる点でしょうか。
その他、米国の特許局(※当時は、特許商標庁でないようです)の事務管理が進んでいるという説明があります。
文字商標は、分類別ではなく、アルファベット順に一つに整理されているとあり、この方法は、今のアメリカの調査と同じです。
また、アルファベット順といっても、接頭語、接尾語に配慮して、例えば、Americanという言葉には、All American、First Americanが続き、最後にAmerican Ace、American Nationalが続くとあります。
また、審査官と同数の事務官がいて、情報を整理をしており、事務官は雑務ではなく、プロと位置付けられているとあります。
3.州における商標法
州にも州登録があり、ニューヨーク州、ジョージア州、イリノイ州、マサチュセッツ州のように、ダイリューションの理論を取り入れている州法もあると紹介しています。
このダイリューションの理論は、ラダス博士が強く主張していたもので、博士の「モデル州商標法」に範をとっているとしています。
コメント
Controlがあれば良いという使用許諾のところが重要なのですが、これ以上の言及は、ここではありません。おいおい出てくるのではないかと思います。
州際取引条項を手がかりにというのは、アメリカ人の思考経路がわかる点です。以前ご紹介した「商標の管理」は、そのオンパレードです。
まだコンピュータの導入以前で、包袋へのタイプや、カードによる整理が紹介されています。カードは、昔の図書館のカードなようになっており、抜き取ることはできず、カードのあるところに行って調べたとあります。
アルファベットの国ですので、称呼おこしが必要なわけでもなく、アルファベット順で足りますし、それを分類に分けていない点は、参考になります。
日本でも、国際分類に移行したあと、特許庁が民間にデータ開放したときに、分類単位でデータベース会社が課金をするか、商標単位で課金するか、議論になったことがありましたが、分類単位に慣れ過ぎていたために、それで良いとなってしまいました。しかし、今から考えると課金は分類を無視した商標単位が良いと思います。
ファッション業界など、多分類が当たり前の業界もあるのですが、当時の大手企業が商標分類に沿ったような大企業が多かったので、大きな声にならなかったのだ思います。
それに合わせて、特許事務所の調査費用も、一分類一件いくらという、固定的な料金体系が維持されました。しかし、実際にかかった時間で、チャージするという方が、しっくりきます。
企業では、事業に必要なものであれば、分類を超えて調査しようとなるはずですが、企業の知財部自体が社内特許事務所化しているのと、特許事務所では依頼を受けた分類に注力するのが仕事という風土があり、プラスαをいうとお金が高くなるので、特許事務所も企業も気が引けてしまう点があります。
ブランドを作るという面では、特許事務所や調査の課金の体系は、根本的に、見直す方が良いように思います。