Nishinyの商標・ブランド日記

商標・ブランドの情報です。弁理士の西野吉徳のブログです。

自他商品識別力と識別性の違い

両者は同じもの?

2020年2月号のパテントは「商標特集」なので、色々と勉強になりそうです。ざっと読んでみようと思います。

個人的に一番とっつき易いのが、平成28年度、29年度、30年度の歴代商標委員会委員長が分担して記載してる「商標制度において検討すべき課題/近年の商標委員会での議論を踏まえて」でしたので、これから読んでみようと思いました。

 

良く検討されているなと思うのは、コンセント制度です。

また、自分が検討にも参加していたので、理解が少しは深まっているためでしょうか、商標権行使の際の登録商標の使用義務の要否とか、登録商標の普通名称化等防止措置の要否とか、さらっと記載されていて突っ込みが薄いなと思ったりします。

 

この種のまとめとしては仕方ないのかしれませんが、検討テーマ全体を通じた、ストリーが分かり難いなという気がします。

例えば、徹底したグローバル対応をして日本企業の海外進出を支援し外国企業の日本新での事業化を支援するとか、商標選択の余地を広げてスタートアップを支援して経済を活性化されるとか、テーマがないと局所的な整理になって、どうしても現状追認的になりそうです。

 

さて、内容の話はさておき、気になったのは、2.9の「『商標』の定義への『識別性』追加の要否」という部分です。

 

筆者は、タイトルは「識別性」としていて、途中まで「識別性」という言葉を使い、最後に3条1項各号のことを「識別力」と呼んでいます。「識別力」なのか、「識別性」か、どっちなんだっけと思いました。

 

今更なのですが、「識別力」「識別性」の違いです。

旧法(大正10年法)の解釈では「商標」という言葉の中には定義がなく、解釈上で特別顕著性が必要という話があり、それを新法(昭和34年法)で自他商品識別力と整理して、3条の登録要件に規定することにした。新法では「商標」という定義には、あえて自他商品識別力を入れずに、3条の登録要件で処理したという話です。

しかし、社会通念上の商標(自他商品識別力があるものが商標)と商標法上の商標(文字等の標章であって、商品等に使用するものは商標という、テクニカルな定義)の乖離が生まれ、この点が原因になって「巨峰事件」「POS」事件につながり、「商標的使用」という意味に分かり難い別の概念を生んでしまったものと理解しています。

 

新法の3条1項と3条2項の整理のために、このような定義になったのだと思いますが、これを触ると大改正になるので、誰も手を付けていないというところです。

 

さて、企業にいるときは、3条は「識別性」と言っていました。一方の、4条1項11号や10号、15号は、「抵触性」と言っていました。

企業では、識別性、抵触性ぐらいに単純化しないと、「同一又は類似」とか「出所混同のおそれ」とかいうとかえって意味が伝わりにくいので、「識別性」と「抵触性」は一番わかりやすい言葉なのだと思います。

 

ちなみに、今の特許事務所の外国商標では、3条のことを「識別力」という人が多いようです。外国商標では英国法の流れでしょうか、「先天的登録性」(inherent registrability)ということが多いようです。文字通りには、「登録可能性」という言葉ですが、「自他商品識別力」や「識別性」とはちょっと違う感じはします。

 

本当は、識別というと「区別」という意味ですから、自他商品識別力というと、自分の商品と他人の商品を区別する力となり、「狭義の識別性と広義の抵触性を包含する意味」になるはずです。外国の文章を読んでいると、"distinguish"という言葉は、識別性と抵触性を双方含むような言葉本来の意味で使われています。自他商品識別力というと、”distinguishable”となるように思います。「区別できるかどうか」を問題にしている言葉です。

日本でいう識別性は、"inherent registrability"の他の言葉では、"distinctiveness"です(なお、記述的という意味では、descriptivenessという言葉になります)。

"distinctiveness”という言葉ですが、「自他商品識別力」というよりは、「特徴」ですので「顕著性」の方が訳語としては正確です。こちらは「性質」を問題にしているようです。

 

先天的登録性、(特別)顕著性という言葉が本来的には正解で、少なくとも、「自他商品識別力」(あるいは「識別力」)という言葉は避けるべきではないなと思います。

 

ちなみに、手元にある本(少し古いのですが)を見てみると、

  1. 青本:自他商品の識別力、識別力
  2. 網野誠先生の「商標(新版)」:自他商品識別力
  3. 小野昌延先生の「商標法概説」識別性
  4. 中村英夫先生の注解商標法(新版)の3条1項:識別力あるいは識別性(メインは「識別性」という言葉)
  5. 小谷武先生の「新商標教室」:識別性
  6. 工藤莞司先生の「商標法の解説と裁判例」:出所表示機能(自体商品・役務の識別機能)
  7. 田村善之先生の「商標法概説(第2版)」:出所識別力・独占適応性

歴史的に、「自他商品識別力(識別力)」からスタートして、「識別性」になり、最近はこの用語の問題点からか機能論的に「出所表示機能」とか「出所識別力」とかになっているような気がします。最近の先生は、識別性という言葉も避けているのかもしれません。

 

関西企業だったのですが、関西は小野昌延先生の影響が強いので「識別性」で、関東は網野先生が強いので「識別力」のだったのかもしれません。

(ちなみに、関西では、Lanham法のことを、ランハム法というと「h」は読まないと怒られました。ラナム法が発音的には近いようです。)

 

おそらく次の時代は「絶対的拒絶理由」という言葉が中心になり、その中の普通名称であるとか慣用商標であるとか記述的名称であるとかになるのでしょうが、「識別力」という言葉はそろそろ考え直した方が良いように思います。