Nishinyの商標・ブランド日記

商標・ブランドの情報です。弁理士の西野吉徳のブログです。

日本商標法の未来のための方策検討(その9)

商標・商品等表示の混同が生じない場合の特別な保護(その1)

 

茶園 成樹 教授の「商標・商品等表示の混同が生じない場合の特別な保護」の前半部分を読みました。混同は生じないが商標が保護される場合について、米国では著名商標についてのダイリューション(dilution)の保護、欧州では名声(reputation)の保護です。

本論文は、先行する米国、欧州の保護を概観して、次に日本の不正競争防止法2条1項2号と商標法4条1項19号を見て、その対比をしようというもののようです。

 

前半は、米国法と欧州法について、概要、保護対象、規制行為を説明しています。

 

米国法

1.概要

ラナム法(Lanham Act)の43条c項1号:識別性を有する著名商標の保有者は、著名となった後に、商標又は商号の使用で、著名商標の不鮮明化による希釈化、又は、汚染による希釈化を生じるおそれがあるものに対して、現実の出所混同を問わず、差止請求が可能とあります。

2.保護対象

・識別性を有する著名商標(famous mark that is distinctive)

※ 識別性(distinctiveness)とは、商標が特有なあるいは独特な何かを指し示すという公衆の認識

・著名であることの認知の主体は、米国の一般需要者層

・著名性を要求した理由は明確ではないが、極めて資産価値が高いもので、識別性の減少により害されるおそれが強いため

3.規制行為

①不鮮明化の希釈化:著名商標の識別性(distinctiveness)を害するもの

②汚染による希釈化:著名商標の名声(reputation)を害するもの

・米国では、欧州のように、フリーライド規制がない

 

欧州法

1.概要

名声を有している商標について、正当理由なしに、識別性・名声を不正に利用するか、損なわれる場合に、登録商標保有者が有する禁止権(商標指令5条2項、商標規則9条1項c号、8条5項)

2.保護対象

・名声(reputation)を有する商標:元となったベネルクス商標法の保護は広すぎるので、妥協として導入された概念。公衆の先行商標についての一定程度の認知度

ニッチ市場の商標でも良く、米国とは異なる

3.規制行為

規制される行為は、

①商標の識別性の毀損(希釈化あるいは不鮮明化)

②商標の名声の毀損(汚染)

③商標の識別性・名声の不正な利用(フリーライド):商標権者の努力の結果を勝手に利用する

・米国法にはない、フリーライド規制がある

 

コメント

米国では、「著名商標」が特別な保護を受けるのに対して、欧州では「名声を有している商標」が特別な保護を受けるようです。どちらも、出所混同のおそれがなくても、差止等ができます。

著名商標の保護とよくいいますが、これ自体が米国流の考え方なのでしょうか。そんなことはないですよね。中国でも、インドでも、言葉は周知商標になることもありですが、似たような、著名商標の認定制度があります。

著名、周知、特別な保護と、色々とあってややこしい感じはします。

 

そもそもですが、商標では出所混同防止を指導原理にしていますが、現実のブランドの世界では、出所混同という言葉をあまり使いません。これは、商標法の世界の概念です。

ブランドの世界では、ブランド「価値」という言葉や、ブランドの「認知(度)」、ブランド「イメージ」という言葉の方が、重要です。このうち「認知」が基本でしょうか。欧州法は新しい法律なので、この「認知」を取り込もうとしているようです。

 

米国では出所混同ではない商標制度の考え方として、サーチコスト理論があったりしますが、考え方は良いのですが、最終判断を出所混同的にみたりして、言い換えに過ぎないのかなと思ったりします。

 

商標制度、商標登録制度ですが、もともとは、過去から、虚偽表示、ミスアプロープリエーション(misappropriation)などの考え方あり、フリーライド規制の方策として商標制度が生まれ、それが登録制度を採用して現状のような商標制度になったのですが、登録制度というものの限界があり、「商標(標章)」と「商品・役務」という2つの概念で、現実社会を切り取るしかないために、また、登録と現実の状況が一致しないために齟齬が生じます。

※ 現在なら、消費者の認知(度)測定、リアルタイムなアンケートによりテリビの視聴率のような仕組みを作るという方法もありえます。登録制度による、それも事前規制という仕組みは、少しレトロな感じがします。

 

今日の、ダイリューションなり、名声を有する商標の保護といった、別系統の保護の考え方は、現実との齟齬を是正する手段が必要になってきたということだろと思います。そもその原因は、登録制度の限界にあります。

 

米国のダイリューションにはフリーライドが入っていないということですが、そもそも出所混同のおそれが広いなど、他でカバーできているためではないかと思いました。

 

面白いと思ったのは、米国の「識別性」の定義です。この定義なら、distinctivenessは「識別性」と訳すのではなく、「特別顕著性」ですね。

 

最後に、最近は「識別力」と言う人が多いですが、茶園先生は「識別性」と言っています。また、Lanham Actを「ラナム法」と言っています。昔、関西で教えられた通りです。