Ⅹ 日本における商標管理の実情
第10章は、1958年当時における日本の商標管理の実情です。現行法の説明、改正法の動向、特許庁、企業の運用などを説明しています。
●先願登録主義
商標権は、使用ではなく、登録によって発生するが、当時は、「現に商標を使用しているものと、将来商標を使用する現実かつ真誠の意思があるでもなければ、登録を受けられないことを明確に」しようとしているとあります。(※3条1項柱書のことでしょうか?「自己の業務に使用する」という部分です。しかし、現に使用し、あるいは、将来使用する現実かつ真誠の意思という言葉は、英米的であり、現行法では、ここまでは言っていません。)
●連合商標
商標出願の3分の1が連合商標であり、販売を予定していない商品にも、出願することが広く行われているとあります。
●統計
出願件数は、39,027件(1956年)で世界一だったようです。これを16名の審査官と15名の審査補助で審査しているとあります。
出願が多い理由は、中小企業が多い、区分が多い(当時70分類)、商標の類似範囲が狭いので連合商標で防衛する、ストック商標が多いとあります。
今後は、商標と商品の類似範囲を広げるのが、特許庁と裁判所の方向性とあります。
●企業
45社の調査ですが、商標課や商標係がいるのは、わずか4社で、特許課や法規課がほとんどのようです。
それでも公報は購入して、営業にも回覧しているとあります。
商標の選定については、委員会制度をもうけている会社があり、また、グループ会社で委員会の組織で権利の保全をしている会社があるとします。(※三菱グループ等のイメージでしょうか?)
●商標の選定
伝統的に日本では、酒・醤油・日本菓子などの図形商標が多かったのが、マスメディアの発達に伴い、文字商標(口頭で発音される商標)が多くなったとします。
●適正使用管理と普通名称化の防止
商標の使用基準を設けている会社が、45社中18社あります。
また、普通名称化の防止は、登録標記の他、営業、宣伝が監視しているとあります。
改正案では、商標権者は普通名称化するような使用をしている者に対して、その差止を求めることを請求できるようにしようとしているとあります(※この規定は、どこかで削除されているようです)。
●商標の侵害
日本が外国の商標を侵害しているのは、外国のバイヤーがそれを作るように求めるためとあります。そのため、バイヤーに誓約書を書かせる方法が一般化しているようです。
●商号の保護
著名商号、著名社標(※社章のようなイメージでしょうか?)の保護は十分ではなく、不正競争防止法、商法の改正をもとめる声があるとします。
コメント
面白いのは、当時の法改正では、「現実の使用および現実の真実かつ誠実な使用意思」という英米的な概念を入れようとしていた点です。現行法でも、「自己の業務に使用する」という程度の表現はありますが、当時の改正案にくらべると弱い表現です。
もし、改正案のように表現したとして、それをチェックするために、何ができたのかというと、①願書に使用意思がある旨記載する、⓶使用意思の確認を使用意思宣誓書で行う、③出願には必ず登記簿を提出するか事業計画書を提出する、の何れかだと思いますますが、これをあまり意味のないこととするのは、商標法の本質に反しているのだと思います。
特に、大阪の元弁理士の大量商標出願を許したことは、現行商標法の欠陥を露呈しています。彼は、身をもって、現行法の欠点を指摘してくれているのかもしれません。
さて、日本の商標法はドイツの登録主義を見習っているようですが、ドイツでストック商標問題にどのように対処しているのか、確認することが必要なように思います。
現行のドイツ法は、特許庁のサイトに翻訳がありますが、ドイツ商標法4条には、商標の保護は、次のことから生じるとあります。①登録、⓶使用、③著名。3つの商標の保護があります。
ドイツ商標法の第5章の「所有権の対象としての商標」も、①登録、⓶使用、③著名とありますので、日本の商標法は①だけを、特に、取り出して導入してしまった状態のようです。(当時のドイツ法に、⓶と③があまり考慮されていなかった可能性はあります)
また、26条では、使用が登録にに基づく権利行使と登録の維持に必要とありますので、ドイツは使用主義であると言えます。
登録主義・使用主義という少し位相の合わないものを比較対象にしたことから来る立論のミスがあります。
出願時・登録時に、使用や使用意図を要求するか、要求しないか程度の差しか、英米とドイツにはないことになります。
日本でも使用していないと、損害はなく、損害賠償は認められませんので、使用を差止の条件と改正するとドイツと同じになるのではないでしょうか。
使用や使用意思の確認をするか、権利行使を制限するかのどちらかです。
もう一つ、普通名称化の防止です。最近、EU商標法などに触発されて、日本の弁理士会でも議論があるようですが、当時も、導入しようとしていたようです。何らかの反対があって導入されなかったのだと思いますが、反対理由が知りたいなと思いました。