Nishinyの商標・ブランド日記

商標・ブランドの情報です。弁理士の西野吉徳のブログです。

商標と「表現の自由」

The Slants事件

こちらも、2018年2月8日の日本商標協会の30周年記念イベントの外国法制度部会での話題です。講師は、中山健一弁理士・米国弁護士です。あまり時間はなかったので、走って解説されたのですが、配布資料をベースにして、まとめました。

この事件は、別の研修会でも聞いたことがあります。有名判決のようです。

 

1.事件の概要

2017年の米国の判例で、商標出願したものが、侮辱的表現を含むとして、米国特許商標庁(USPTO)が拒絶したものに対して、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)が表現の自由を理由にUSPTOの登録拒絶を憲法違反と認定し、それが米国の最高裁までいき、最高裁もCAFCの判決を支持したという内容です。

https://www.supremecourt.gov/opinions/16pdf/15-1293_1o13.pdf

最終的に、当該商標は登録になっています。

http://tmsearch.uspto.gov/bin/showfield?f=doc&state=4808:5wagwk.3.3

また、米国の審査基準(TMEP)が改訂されたようです。

 

内容は、米国のロックグループのThe SlantsのリーダーのSimon Tamが、2011年11月14日に、”THE SLANTS"という商標を、第41類の"Entertainment in the nature of live permances by a musical band"を指定役務として出願したいうものです。

SLANTという単語には、つり目を意味し、東洋人ないしアジア系米国人をばかにする意味合いがあるようです。

一方、リーダーのTam氏としては、アジア系米国人への侮辱的な意味合いを是正するためにあえてバンド名に採用したという主張です。The Slantsは、全員アジア系米国人とのことです。

 

2.事件の背景と議論

米国商標法(Lanham Act)の2条a項は、"disparage"(見くびる、けなす)商標は、登録できないとあります。

(a) ...may disparage or falsely suggest a connection with persons, living or dead, institutions, beliefs, or national symbols, or bring them into contempt,...

https://tfsr.uspto.gov/RDMS/TFSR/current#/current/TFSR-15USCd1e1.html

 

よって、審査、審判では、拒絶となり、その不服がCAFCに提訴されました。CAFCは、侮辱的表現を含む商標登録を拒絶することは、表現の自由を保障する憲法に違反すると判示しました。USPTOは、米国最高裁に上告し、最高裁はCAFCの判決を支持しました。

 

USPTOの主張、Tam氏の主張は、だいぶ込み入っており、十分理解できていませんので、割愛します。

キーワードとしては、商標は政府言論(govemental Speech)であるとか、商標は政府補助事業(govemental subsidy)であるとか、商標は商業的言論(commercial speech)であるとかが議論に出てきす。基本的には、憲法論のようです。

 

そして、侮辱的表現を含む商標の拒絶を定める米国商標法2条a項は違憲となりました。ただ、同条項の不道徳的(immoral)とか破廉恥(scandalous)な表現を含む商標は違憲と判断された訳ではありません。

 

コメント

最近は日本でも、バンドやグループの名称を商標登録することは、常識となってきたようですので、出願すること自体には違和感はありません。

ただ、Tam氏の商標出願の意図は、第三者に取られたりしないためとか、経済的にメリットを受けるためとか、政治的な発言につなげるためとか、何かは分かりません。判例には書いてあるのかもしれませんが。

 

日本であれば、公序良俗違反でバッサリとやるところでしょうか。表現の自由を最大限に認めるアメリカらしい判決だと思いました。

 

米国商標法の条項に違憲判決が出たのですが、条文はそのままのようです。今回の事案への適用としては違憲でも、別の事案では合憲になるという運用違憲の問題ではないので、本来は、条文を改正すべきとなるでしょうが、審査基準だけの改正で済ませている感じです。

 

今回は、Tam氏やThe Slantsがアジア人であり、彼の政治的主張が入っていますが、反対に出願人がアジア人ではなく、アジア人への軽蔑を広める政治的意図をもって商標出願した場合は、商標登録すべきではないような気もします。しかし、そのような内心の意図は、裁判でもやって、証人尋問をしないと出てきませんので、審査向きの話ではありません。

 

日常の仕事で、政治的な発言に関するものが出てきたら、企業内の担当者なら止めておきましょうと言えますが、特許事務所の担当者でお客さんが明確に政治的意図を持っているときは止めておきましょうとはなかなか云えないように思います。(ただし、そのお客さんの仕事をお断りするという選択肢はあります。)

 

商標とは何か、商標はどうあるべきかまで進む議論だと思いますので、じっくりと、双方の主張を含め、判例を読んでみたいと思いました。