Nishinyの商標・ブランド日記

商標・ブランドの情報です。弁理士の西野吉徳のブログです。

日本商標法の未来のための方策検討(その7)

悪意の商標出願

 

続いて、「日本商標法の未来のための方策検討」から、上野達弘教授の「悪意の商標出願」を読みました。

 

「悪意の商標出願」(Bad-faith trademark application)は、必ずしも定義が明確ではなく、外国における周知・著名商標を関係の無い者がする出願、使用意思がない者の出願、競業者の営業活動を妨害する目的の出願などがある。

この点、TM5(5極の特許庁)では、「他人の商標が当該国・地域で登録されていないという事実を利用して、不正な目的で当該商標を出願する行為」をいうあります。

 

一般に、日本法では、「悪意」とは「ある事実について知っていること」を指すので、本当はこの「不正目的」などの言葉がふさわしいが、慣例に基づき、「悪意の商標出願」とするとあります。

 

日本法では、商標法3条1項柱書、4条1項7号・8号・10号・15号・19号、53条の2などがあるが、メインは、4条1項19号(不正の目的による出願)と、4条1項7号(公序良俗違反)であり、各条項が適用された(適用されなかった)判例を概観しています。

これらの条文の他に、侵害訴訟で、悪意で取得した権利の制限があるケースとして、商標無効の抗弁(39条で準用する特許法104条の3、1項2項)、権利濫用が、侵害訴訟における抗弁として、事例を挙げて説明されています(判例の概観がこの論文の特徴の一つです)。

 

次に、外国の例として、欧州商標規則59条1項(b)で、「出願人が不正に商標出願をしていた場合」は無効理由になるとあります。

ドイツでは、ドイツ商標法21条の権利の喪失の他、8条2項14号で拒絶理由(絶対的拒絶理由)にもなるとあります。

中国では、使用を目的としない悪意の出願は、拒絶(中国商標法4条)、異議申立(33条)、無効理由(44条1項)になります。

 

そして、検討として、4条1項19号では、立法の過程で「周知」が追加されたことによる限界があり、4条1項7号は、一般条項から来る限界とそもそも4条1項7号は商標自体が公序良俗違反のケースに対応するもので、出願の経緯や利益調整ではないのではないかという反論があるようです。

 

上野教授は、日本の商標は登録主義・先願主義であり、商標の先取りを容認しているとして、悪意の登録自体に問題はなく、単に登録を得ても、使用行為が適法ではないだけという考えもあるとしつつも、やはり、本来的に商標登録を受けるべき者の登録を妨害するのは、やはり問題とします。

そして、「悪意の商標出願」について、明文規定が必要としています。

 

コメント

いわゆる悪意の出願については、以前は4条1項7号の公序良俗違反で処理されることが多く、現在は4条1項19号で処理されることが多いということは理解できました。

 

本当は4条1項19号は、不正の目的だけで、国内又は外国の商標の保護を図ろうとしたものを、政府の検討の結果、「周知」が入ってしまったようです。

そのため、4条1項19号は、

  • 国内周知については、4条1項10号と重複し、意味のない規定になっている
  • そもそも、外国での周知商標の保護を念頭においたもので、外国周知だけでは、適用が広くなり過ぎるので、「不正の目的」で絞ったと解釈される

ように思います。読みにくい条文であることは確かです。「周知」は立法論としては不要な感じです。

 

さて、公序良俗違反を、商標のマーク態様についてのみ認めるという考え方は、文理解釈ではそう解釈すべきに思いますが、判例などはそうは考えていないようです。

上野教授は、このような文理を重視する考え方も出てくるぐらいだから、一般条項の適用はできるだけ避けることができるように、類型化して、条文にすることを勧めています。その考え方で良いのだろうと思います。

 

面白いなと思ったのは、ドイツ法と中国法です。ドイツ法は、識別性などと同様に「絶対的拒絶理由」としています。中国法は、「使用意思」と「悪意の出願」を&条件にしています。

 

4条には、公益的理由と、私益的理由が混在しており、そもそも読みにくい条文で、今から考えると整理が不十分です。

4項1項19号は、私益なのか、公益なのかハッキリしませんが、47条の除斥期間の適用がないので、公益規定のようです。

その意味ではドイツ法と同じといえなくもありません。絶対的拒絶理由とされると、ドイツでは異議申立の理由にできませんが、周知商標であれば無登録でも商標の権利を有する者ですので、相対的拒絶理由違反で、異議申立が可能ということなのでしょう。

 

一方、中国は、3条1項柱書の「使用意思」と、4条1項19号を掛け合わせて、「周知」を要件から抜いています。

 

上野先生は、登録主義・先願主義は、そもそも先取りを容認するという、本質的な課題も言ってっています。使用主義ではそもそも起こらりにくいのが悪意の商標です。

使用主義が無理なら、その弊害を是正するには、登録主義のベースである「使用意思」を持ってくるという中国の整理は、筋が通っているようにも思えます。

異議申立や無効で、3条1項柱書の「使用意思」と、4条1項19号の「悪意」の双方の主張をすることで同じであるということも言えるかもしれませんが、どうなのかと思います。